東京地方裁判所 昭和25年(ワ)531号 判決
原告 予讃炭化工業株式会社
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金百三十一万九千五百三十円及び之に対する昭和二十四年二月四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、原告会社は木炭生産業者であるが、昭和二十三年十一月十六日より同二十四年一月二十八日までの間に、薪炭需給調整規則に基き、愛媛県知事に対して、生産報告をなし、所定の規格検査を受けた上、愛媛県喜多郡長浜町所在の原告会社長浜工場の生産した鋸屑粉炭合計二万七百八十俵(一俵十五瓩)を、原告会社登録の指定業者長浜町農業協同組合を通じ、政府の指定場所である右協同組合の仮倉庫であつた長浜町の長浜女子高等学校校庭及び遊園地に於て、昭和二十四年一月二十八日政府薪炭検収員梶本重雄の検収を一括して受け、被告に一俵金六十三円五十銭の割合で売渡(供出)した。もつとも鋸屑粉炭は昭和二十四年二月四日公布農林省令第七号によつて、同年一月二十九日以降、統制が解除されて、薪炭需給調整規則の適用がなくなり、右梶本の検収は、現実には、同年五月二十五日に行われたのであるけれども、通常検収は、薪炭の現物が政府指定の場所に搬出されると、直ちに行われることは、殆んどなく、搬出後相当日数経過後に検収がなされ、検収調書も、搬出の日に遡つて発行されるのが慣例で、本件の場合も原告会社は搬出の都度、政府に対し、検収を督促したのであるが、検収員の手不足のため、昭和二十四年五月二十五日に、現実に検収が行われ、検収調書は実際に鋸屑粉炭が前記校庭や遊園地に搬出された最後の日である昭和二十四年一月二十八日に遡つて作成されたのである。供出とは政府指定の場所で提供する所謂売渡義務の履行を云い、本件鋸屑粉炭の供出による売買は、原告会社が、これを前記場所へ搬出して提供したときに成立し、指定業者であり且つ保管責任者としての政府代行機関である長浜町農業協同組合が検収補助員として、その都度一々銘柄、単量、俵数等を検査して供出を完了させた以上、その後の政府の検査は政府内部のことに属し、ただこの検査の結果、銘柄、単量、俵数等が現物と相異していることを右売買契約の解除条件とするものにすぎないとも解し得べく、もし検収によつて始めて売買契約が成立するとすれば、本件のように政府が昭和二十三年十一月頃から屡々売行不振、代金回収不調等を理由として買上げを拒否して、何時までも検収を行わない場合、生産者の利益は不当に無視される、結果となるのであつて、かかる見解は全く物資需給調整の本旨を没却したものと言うべく、本件鋸屑粉炭のように統制解除前に供出され、しかもその都度検収を要求したものについては、統制解除後と雖も政府は之を検査すべきであり、前記のように、政府検収員梶本重雄によつて現物が確認されている本件に於ては、被告は原告に対し供出代金として金百三十一万九千五百三十円を支払うべき義務があるといわねばならない。しかしもしかりに売買契約の成立が認められないとするならば、原告会社は本件鋸屑粉炭を前記のように、政府指定の場所に所定の手続を経て搬出し、そうしてその都度長浜町農業協同組合長等と共に、被告の出先機関である松山木炭事務所長大沢信義に対し、数回に亘り、検収員をして検収をさせるよう要求して来たのである。しかるに政府に於て遅滞なく検収して買上げる義務のある本件鋸屑粉炭を、大沢所長は言を左右にして遅滞なく、検収員をして、検収を行わしめず、却つて之を拒否する態度を示し、(同所長は予め昭和二十四年一月二十九日以降鋸屑粉炭の統制が解除されることを知り乍ら、原告会社に通知する等の処置を講ぜず本件原告会社のような最終供出者に対する検収の準備をもしなかつた。)本件鋸屑粉炭は、他に買手がありながら、前記場所に搬出されたまま、火災、水害のため滅失するに至つたのである。然らば原告会社は、国の公権力の行使に当る公務員たる右大沢所長の故意又は過失による職務上の違法行為によつて金百三十一万九千五百三十円相当の損害を蒙つたのであるから、被告は原告に対しその賠償をなすべき義務がある。よつて原告は被告に対し先ず前記代金として、又仮に右代金支払義務が認められないとすれば、前記損害金として、金百三十一万九千五百三十円及び之に対する昭和二十四年二月四日以降完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告会社が木炭生産業者であること、鋸屑粉炭が昭和二十四年二月四日公布農林省令第七号によつて、同年一月二十九日以降統制が解除されて、薪炭需給調整規則の適用がなくなつたこと、昭和二十四年五月二十五日に政府薪炭検収員梶本重雄が長浜町農業協同組合員村松忠衛から鋸屑粉炭の検収を求められ、原告会社長浜工場で生産した鋸屑粉炭を同工場前の長浜女子高等学校校庭に於て、検収を行い村松の持参した検収調書用紙に署名捺印したことは認めるが、原告会社が鋸屑粉炭を長浜町の遊園地に搬出したということは不知、その余の事実は否認する。梶本重雄は昭和二十四年五月二十五日前記校庭に於て、鋸屑粉炭を現実に見ているが、このとき校庭に積み上げられていた粉炭は、既に政府が買上げていたもので、梶本は之を知らずに、検収調書用紙に署名捺印したのであつて、原告が主張するような鋸屑粉炭は校庭に存在せず、従つてその引渡もなかつたのである。所謂検収とは通常薪炭の銘柄、品質、数量を検査し、現物の引渡を受けることをいいこれによつて売買契約が成立する(本件長浜町農業協同組合は、検収後に於ては、供出薪炭の保管運搬について、政府の指定業者となるが、検収前に於ては、原告会社の代理人にすぎない。)のであつて、検収は単なる売買契約の締結ではなく、現物の引渡を要素とするものであるから、梶本のなした右検収は検収としての効力がなく、又鋸屑粉炭は昭和二十四年一月二十九日以降統制が解除され、政府はその買上げを停止しているのであるから、同日以降梶本は鋸屑粉炭を検収する権限なく、従つてかりに原告主張の鋸屑粉炭が現実に存在し、昭和二十四年五月二十五日にその検収が行われたとしても、原告は被告に対し、検収の効果を主張し得ず、被告は原告に対し代金支払の義務がない。又原告会社は愛媛県知事の行う検査を受けた上でなければ本件鋸屑粉炭を販売したり又は販売の委託をすることができないのに本件鋸屑粉炭については、愛媛県知事の行う検査が済んでいないのであるから、被告にこれを買上げる義務なく、従つて、原告の賠償請求に応ずべき義務はない。よつて原告の本訴請求はすべて失当であると。述べた。<立証省略>
三、理 由
まず、原告は、原告会社は木炭生産業者で、同会社長浜工場で生産した鋸屑粉炭二万七百八十俵を昭和二十三年農林省令第七十三号薪炭需給調整規則に基き政府に供出(売渡)したと主張するので、この点を考えてみると、原告会社が木炭の生産業者であることは当事者間に争なく、証人村松忠衛同大浦又一の各証言及び原告代表者本人訊問の結果によれば、原告会社が前記薪炭需給調整規則により指定業者である愛媛県販売農業協同組合連合会に登録し、昭和二十三年十一月末頃から、数回に亘り、同会社長浜工場で生産した鋸屑粉炭合計二万七百八十俵(一俵十五瓩)を、愛媛県喜多郡長浜町の遊園地に搬出し長浜町農業協同組合に引渡したこと、原告会社は昭和二十年三月頃から粉炭を生産して政府に供出してきたのであつて、長浜工場で生産した粉炭を供出する場合の政府指定場所は長浜町にある愛媛機帆船株式会社の倉庫であつたが、同倉庫が一杯になつたので、以後同町の長浜女子高等学校の校庭に積み、又同所にも積み切れなくなつたので、前記鋸屑粉炭二万七百八十俵は、之を前記のように右校庭に隣接する遊園地に搬出積み上げたことが認められ、証人宍戸豊希の証言中、右遊園地にあつた粉炭は一万俵あるかないかであつた旨の供述部分は信用せずその余の供述部分その他被告の全立証を以てしても右認定を覆すに足りない。そうして成立に争のない甲第一号証と証人梶本重雄の証言によれば、政府薪炭検収員であつた梶本重雄が長浜町農業協同組合書記村松忠衛の求めにより、昭和二十五年五月二十五日、遊園地に積み上げられていた前記鋸屑粉炭を検収し、同年一月二十八日附で、鋸屑粉炭二万七百八十俵(一俵十五瓩)を一俵六十三円五十銭の割合で検収した旨の検収調書を作成交付したことが認められる。しかしながら、前記薪炭需給調整規則によれば、木炭若しくは薪を生産する者(薪炭生産者)は法定の場合を除き、その生産物のすべてを政府に譲り渡さねばならないのであつて、政府に対し、その生産した薪炭を売渡す場合は、直接政府に販売するか、又は指定業者(薪炭生産者の委託を受けて、その生産した薪炭を政府に売渡すことを業とするの指定を受けた者)を通じて販売するかを決め、後者の場合には指定業者に登録し必ずその指定業者を通じて政府に売渡さなければならないのであり、且つ薪炭生産者又は指定業者が薪炭を政府に売渡す場合には、政府の指定の倉庫又は場所でこれを行わなければならない旨並に政府が薪炭を買入れたときは生産者に対し代金支払証票を発給すべき旨規定されているから、指定業者は、政府に代つて、薪炭生産者より、その生産した薪炭の買入をなすものではなく、薪炭生産者から、その生産した薪炭の政府に対する売渡を委任されてその手続をなすものであることが明かであり、そうして、証人大沢信義の証言と原本の存在並にその成立に争のない甲第十一号証によれば、政府薪炭検収員のなす検収とは、政府のために、供出薪炭の品質、数量等を現物について検査確認してその引渡を受ける手続の謂で、この検収がなされた以後に於ては、政府との契約に基き全国販売農業協同組合連合会が政府に対し、供出薪炭の保管の責に任ずる仕組になつていたことが認められるので、之等の点からすれば、薪炭需給調整規則に基く供出による売買は、薪炭生産者や指定業者からの供出(売渡)の申込に対する政府薪炭検収員の検収による政府の承諾という合意によつて成立し、このときに供出薪炭の所有権が政府に移転し、以後前記連合会が政府のために、保管責任を負うと解すべきである。右連合会は原告主張のように、政府に対し供出薪炭の保管義務者であり、又右甲第十一号証によれば、政府との契約に基き政府検収員の検収事務を補佐することになつているけれども、右連合会の政府に対する保管義務は、前記の通り政府検収員の検収がなされた薪炭についてのみであり、又本件の指定業者愛媛県販売農業協同組合連合会が生産者から薪炭の引渡を受けるに当り、品質、数量等を検査したにしても、この検査は、右連合会は単に政府検収員の検収事務を補佐するにすぎないのであるから、固より政府検収員のなすべき検収にかわり得るものではなく、指定業者が生産者から委任を受けるに当つて、受任者としての立場から之をなし、以後政府検収員の検収まで委任者たる生産者に対し、委託された薪炭の保管の責に任ずるものと考うべく、政府検収員の検収をまたず、薪炭生産者が政府指定の場所へ薪炭を搬出し之を指定業者に引渡したときに、供出による売買が成立するとは考えられず、又政府は正当な供出の申出に対しては、之を拒否する自由を持たず、速かに之に応ずべきであると解せられるけれども、政府検収員の検収を単に政府内部のこととし、生産者乃至指定業者が政府指定の場所に於て、薪炭を提供したときに一方的にその品質、数量等に応じて、直ちに供出による売買が成立するという見解も亦採ることができない。しかるに昭和二十四年二月四日公布農林省令第七号により昭和二十四年一月二十九日以降、薪炭需給調整規則に所謂木炭の定義から、鋸屑粉炭が除かれ、鋸屑粉炭については同規則が適用されなくなつたところ、右昭和二十四年農林省令第七号は、鋸屑粉炭の需給関係を統制する必要が消滅したため、発せられたのであり、同省令には特別の定がなされていない以上、政府検収員は昭和二十四年一月二十九日以降、たとえ同年同月二十八日までに、薪炭需給調整規則の規定に従い正当に供出を申出たものであつても、同規則により、政府のため、鋸屑粉炭を検収する権限を失つたと云わざるを得ない。(昭和二十四年一月二十九日以降、右昭和二十四年農林省令第七号が公布された同年二月四日までの間に検収がなされた場合、その効力については別に考慮すべき点があるが、本件とは関係がないから触れない。)証人大沢信義は、昭和二十四年一月二十九日以降でも、同年同月二十八日に供出されたものに対しては、検収員に検収するよう命じたという趣旨の供述をしているが、仮にこのような事実があつたとしても、このような命令に基いてなされた検収に生産業者と被告との間の売買を成立させる効果あるものと解すべき根拠を見出すことができない。しからば政府検収員梶本重雄が昭和二十四年五月二十五日になした前記検収は、他の争点について判断するまでもなく、その効力なく、従つて被告に本件鋸屑粉炭二万七百八十俵の供出代金支払義務を認めることはできない。
次に原告の損害賠償請求について判断する。薪炭需給調整規則は、当時不足していた薪炭について、政府自ら生産者からの買入、卸売業者に対する売渡の統制事務に当り、以てその需給を調整すべく、臨時物資需給調整法に基いて定められたものであつて前記の通り薪炭生産者は法定の場合を除き、その生産物のすべてを政府に譲り渡さねばならない旨明文を以て規定されている。従つて薪炭生産者が、直接に或は指定業者を通じて、政府に対し、同規則による供出(売渡)の申込をした場合、それが正当な申込である限り、政府は之を拒否し得ず、必ずその薪炭を速かに即ち、その時々に於ける現実の薪炭の需給状況や、政府検収員の現実の人員や配置状態とは関係なく、客観的に相当と認むべき期間内に買上げる義務を負うと考えるのが相当である。しかし本件鋸屑粉炭二万七百八十俵については、当時昭和二十三年法律第二百十号指定農林物資検査法の規定(第二条、第四条、第五条)により、指定農林物資として生産者である原告会社は、愛媛県知事の検査を受けたものでなければ、販売し、若しくは販売の委託をしてはならないのであつたところ、右検査を受けた事実は、之を認むべき根拠なく、却つて証人泉郡の証言や成立に争のない乙第十二号証によれば、この検査を受けなかつたことが認められるのである。そうして右法律は重要な農林畜水産物資の取引の迅速及び安全を期し、あわせて当該物資の品質の改善を図ることを目的とし(第一条)、右検査を受けずして生産者が所定物資を販売し、若しくは販売の委託をするのに対しては、罰則を定めて(第五条)、検査を受くべきことを強制しているのであるから、この検査を経ずしてなされた原告会社の本件鋸屑粉炭の供出申込は正当な申込とは云えないのであつて、政府即ち被告に本件鋸屑粉炭を買上げる義務を認めることはできない。しかも本件鋸屑粉炭二万七百八十俵が前記遊園地に野積のまま、置かれ昭和二十五年九月颱風のため流失滅失したため、原告会社が損害を蒙るに至つたことは原告代表者本人訊問の結果によつて之を認めることができるけれども、この損害は松山木炭事務所長が監督上の職責を怠り、この粉炭を速かに政府検収員をして、検収をさせることをせずして買上の最終日である昭和二十四年一月二十八日を徒過したことによつて通常生ずべき損害とは云い難く、又当時、かかる特別の事情を被告に於て、予見し又は予見し得べかりしものと認むべき証拠もない。従つてこの損害賠償請求も亦理由がないと云わねばならない。
然らば原告の本訴請求は、失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 高井常太郎 岡田辰雄 園田治)